ホットステーションコスメティックス 木名瀬店長

西葛西で化粧品販売店として多くの女性から支持されるホットステーションコスメティックス店長、木名瀬さんにお話しを伺いました。

お店をオープンしたきっかけとは・・・

お店を始めるまではメーカーに勤めていて、百貨店などでお客様がキレイになるためのサービスをしていました。しかしひとりのお客様に対して十分に時間をかけられなかったり、自分が理想とする仕事ができていないな・・・と感じるようになりました。
仕事に携われば携わるほどその思いは強くなっていきました。
美容を一生の仕事として考えていましたし、自分の提供できる全てをお客様ひとりひとりに届けるためにお店をオープンすることにしました。

せっかく来て頂いたお客様なのだから、お肌に最適のメンテナンスやサービスをじっくりと提供し、確実にキレイになっていただく。このことをお店をオープンしたときから一貫して心がけています。

お店では・・・

お店ではプロによるメイクアドバイスやお手入れ方法のレッスンなどを行っています。
例えばクレンジングひとつとっても、正しい使い方をするだけで汚れの落ち方や透明感が違うので、初めてのお客様は『えっ』と驚かれることが多いですよ。

コットンも正しく持って使うだけで化粧品がもつ効果を最大限に引き出すことができます。さらに手の動かし方、化粧品のつけ方や使う量なども大切なポイントです。
『いつも使っている化粧品なのに家でやってるのと全然違う!』とみなさん驚きますね。
私たちの仕事は『高い化粧品を使えばいい』、『毎日たくさん使えばいい』、と宣伝することではありません。正しいお手入れ方法や化粧品の使い方、お肌に最適な化粧品選びまでトータルに皆様をサポートさせて頂いています。

『せっかく高い化粧品を買ってるけど、気になるところが改善されない』と思われている方はぜひ一度いらして下さいね。

エステについて

疲れているとお手入れの時間がとれなかったり、仕事や家事など日々の細かいことが頑張れなかったりしますよね。
そんなときは心と体の癒しとしてエステをお薦めしています。
リンパマッサージを主体に、お肌の悩みにあわせてその方のためのケアをしていきます。
リンパの流れをよくすることで肩の凝り、顔の凝りまでとれるんですよ。月に一度エステができるとベストですね。それ以外はご自宅でのケアをしていくことで十分です。
いつも頑張っている自分へのご褒美に、ぜひ体験して戴きたいですね。

お客様とホットステーションコスメティックス

ありがたいことに、多くの方が常連のお客様になっていただいています。
最近はお友達を連れてきてくれる方が多いですね。
お友達の間でも『きれいになったね』と言われるそうで、会話の中で当店を紹介してくれるお客様もいらっしゃいます。
引っ越してしまっても西葛西まで来てくださるお客様もいらっしゃるので、お客様の期待にいつでも応えられるよう私たちも日々気が引き締まります。

一見、入りにくいお店なのではないかと思われがちですが、お気軽に来ていただければと思います。
店長の私が葛西在住暦が長いので、この地域の子育てや悩みなど化粧品以外にもご相談に乗ることができると思います。
スタッフ一同お待ちしています。

珈琲専科CHANZ 張さん

お店の近くを通りがかるだけでコーヒーのいい香りが・・・。その秘密は注文後、その場で焙煎してくれるから。北葛西にあるコーヒー専門店、『珈琲専科CHANZ』のオーナー、張さんにお話を伺いました。

オープンのきっかけ

若い頃はインスタントコーヒーしか飲んでいませんでした。あるとき知人から『ブラジル・サントス』という産地のコーヒーを薦められて飲んだことがきっかけで、世界観がガラッと変わったんです。『あぁ、今まで損してた・・・』と思うくらいそのコーヒーが美味しくて。
それから色々な種類のコーヒーを飲むようになって・・・。

コーヒーに携わる仕事をしたいと思ってから珍しい豆とか、初めての豆を探して大量に飲みましたよ。もともと好きで通っていたコーヒー専門店で焙煎から修行させてもらったりもしました。

そしてようやく待ちに待ったお店のオープン。初日から3日間、オープニングセールをしたんですが、その3日間の記憶がないくらいとても忙しかったのと、極度に緊張してしまったことを覚えています。それでもここにお店をオープンして3年半が経ちました。
自転車で通りがかりに『あとで行くから豆よろしくね~』とフレンドリーに声をかけてくださる方もいて、今では常連さんが増えてとてもありがたいです。

お店のコーヒー豆について

うちのお店で出しているコーヒー豆は全て私が実際に飲んでみて、良いと思ったものだけを選んでいます。そのコーヒー豆は種類によって味が違いますし、その豆によって特徴を引き出すための焙煎時間も異なります。

お店では生の豆の状態から、注文後にその場で焙煎して粉にしてお渡ししています。鮮度は抜群で、コーヒーを飲む前に満足してしまうほどの香りが楽しめますよ。もちろん味もパッケージされたドリップコーヒーやインスタントコーヒーとの差は歴然です。

その香りを辿っていらしたお客さんは意外と多いんですよ。風向きによって変わりますが、通りを挟んで向こう側のイオンのほうから香りを辿って来た、という方もいました。やっぱり挽きたてのコーヒーの香りはいいですよね。

その場で焙煎すると美味しいワケ

スーパーなどでパッケージされて販売されているコーヒーは、工場で焙煎して出荷後、スーパーに並ぶまでおよそ2週間程度かかり、私たちの手に届くまでにはさらに時間がかかっているんです。
しかしコーヒーの飲み頃は焙煎後1~14日くらいで、それ以降は酸化して香りも味も落ちてしまいます。

コーヒー豆本来の美味しさを引き立たせるために

最近流行のコーヒーチェーン店などは深入りの豆が多いんです。しかし深入りにすると豆の特徴である酸味などが失われてしまいます。酸味がなくなる分、万人ウケしやすいのですが、私はそうしたくはありませんでした。
コーヒーが好きな方はわかると思いますが、産地や焙煎時間により異なる酸味・苦味・甘みなど豆本来の特徴を楽しむこともコーヒーの醍醐味でもあるんですね。豊富な産地の豆を取り揃えていますので、豆の違いも楽しんでもらえるとさらにコーヒーの魅力を発見できると思います。

とは言え、酸味が苦手な方もいらっしゃるので、そのような場合は焙煎時間を少し長くして対応させていただいています。お店ではお客様のご希望に応じた焙煎時間をお申し付けください。

コーヒー初心者へお薦めは・・・

まずクセのあるものよりもブレンドしたものがお薦めです。酸味や苦味があまり強くなく、まろやかなものがいいと思います。具体的にはスペシャルブレンド、モカブレンドなどがお薦めです。

飲み慣れてくるとブレンドでは物足りなくなる方もいます。そうなってきたらブレンドされたものではなく、ストレートを飲んでみたりするとまた新しいコーヒーの味が楽しめると思います。ご相談いただければお口に合うコーヒーをご紹介できます。量も調節できるのでお試しに、という場合にも対応しております。

コーヒー専門店として

私自身コーヒーがとても好きなのですが、だからといって『あれもこれも』と色々なコーヒーをお薦めすることはしていません。お客さんの年齢だったり好みだったりを聞いて、合いそうな豆をまずは少量からお薦めしています。コーヒーは好みもありますし、たくさん買ってみて口に合わない、なんてこともありますからね。
特にうちは豆の種類が豊富で、あまり手に入らない珍しい豆も取り扱っているので色々と試してみるのも楽しいと思いますよ。
もともとインスタントコーヒーしか飲んだことがなかった方が、どんどんコーヒーが好きになって『あの豆は酸味があって美味しい、この豆は苦味が絶妙』と言って常連さんになった方もいます。うちのお店がコーヒーの美味しさを知ってもらうきっかけになれたことはとても嬉しかったですね。

皆さんに美味しいコーヒーを手軽に飲んでもらいたい

コーヒー専門店なので、『値段が高いのかな?』と敬遠される方も多いと思うのですが、実は他のお店よりもお安くしているんですよ。特価の豆ですと500gで800円と、1杯16円くらいからあります。

とは言え今はコーヒー豆の価格が以前の2、3倍に高騰して、大手メーカーでもコーヒーの値段が上がっていますよね。だからと言って私たちは無闇に価格をあげられないんです。これはどのお店もみんなそうだと思います。
このような状況ですが、まずはお客さんにコーヒーの美味しさを知ってもらいたい、という思いのほうが強いです。

疲れているときは私でさえ、自宅でコーヒーを入れるのが面倒だなぁ、と思うときもあります。そんなときでもインタスタントではなく、一手間加えたコーヒーのほうが美味しいですし、とても幸せな気持ちになれます。コーヒーは香りだけでもとても癒されますし、リラックス効果もありますからね。
忙しい毎日を過ごされている方も、仕事や何か作業の合間に飲むコーヒーだけでなく、ちょっとした心の余裕をもってコーヒーを楽しんでもらえれば、と思います。
機会がありましたら一度お立ち寄りください。お待ちしています。

JA鶴岡 葛西アンテナショップ 本田八男さん

江戸川区の友好都市、山形県鶴岡市のアンテナショップが小岩から中葛西に移転しリニューアルオープンしました。葛西地域との交流や鶴岡市の魅力を店長の本田さんに伺いました。

葛西地域にアンテナショップをオープンした経緯を教えてください

山形県の鶴岡市と江戸川区が友好都市ということで、観光誘致を目的として2年前に小岩の商店街にアンテナショップをオープンしました。
葛西地域へは西葛西に鶴岡市東京事務所があることと、西葛西駅での定期的な物産展開催の実績もあり、2010年の12月に移転してきました。

ただ観光地として宣伝しても興味を持ってもらうのはなかなか難しいものです。
まずは鶴岡の美味しい食べ物を食べて戴き、食を通して親しんでもらえれば、もっと鶴岡に興味を持って戴けるでしょう。

西葛西駅での鶴岡特産品の販売

大体3ヶ月に1回の頻度で西葛西駅南口広場で『玉こんにゃく』や『だだちゃまめ』など鶴岡の新鮮な特産品を販売しています。
毎回多くの方が足を運んでくださって盛況なんです。
その場で食べることができるのも魅力のひとつです。

ですから私たちは西葛西での販売を通して、西葛西周辺の皆さんが鶴岡のことを当然のように知っているものだと思っていました。

葛西地域にアンテナショップをリニューアルオープンするにあたり、駅前でチラシを配ったのですが、鶴岡の認知度が意外にも高くなくて・・・。
もちろん何度も買って戴いている方は、鶴岡から来ていることを判って下さるのですが、私たちが思っていたほどの認知度ではなかったのです。

アンテナショップも駅前の物産展も、美味しいものをご提供しながらもっと鶴岡の魅力を伝えていかなければと思っています。

地元に根付いたアンテナショップを目指して

小岩の商店街にお店を出していたときは、地元の方が集まったりしてお買い物ついでの世間話をしたりしていました。
葛西地域に移転してきて、早く小岩のときのように地元の方が集まってきてくれたらいいね、なんて話していたんです。

そうしたら、まだオープンして2ヶ月余りなのにも関わらず、最近では椅子に座り込んでお客様と話しこんでしまうこともありました。小岩にいたときと同じように、私たちのアンテナショップを身近に感じていただけているのかな、と私たちも驚いています。

接客するときは、『こんな美味しい食べ方がありますよ』とか『こんな料理にお薦めです』と、会話も弾むんです。
再び来店して戴いた方からは『この間教えてもらった料理、美味しかったですよ』とか『こうしたら美味しかったよ』などと、私たちのほうが美味しい食べ方を教えて戴くこともあります。
ここは単なる直売所ではなく、葛西地域の方との交流があってこそのアンテナショップだと思っています。
葛西地域の方がもっともっと気軽に立ち寄れるようなお店にしていきたいですね。

鶴岡の特産品

鶴岡の特産品は『だだちゃまめ』です。
『麦きり』にも『だだちゃまめ』を練りこんだり、アイスやようかんにした商品も取り扱っています。
『麦きり』はうどんを薄く伸ばしたもので、喉越しがとても良い、鶴岡を代表する麺です。『だだちゃまめ』を練りこんだ『麦きり』は茹でているときから良い香りがして何とも言えません。

鶴岡は実は日本有数の砂丘地帯でもあり、有名な庄内砂丘があります。
豊富な地下水、水はけのよい砂丘、照りつける太陽・・・。美味しい野菜を育てるとても良い環境が揃っています。
砂丘大根やほうれん草、今店頭に置いている水菜も砂丘で採れたものなんですよ。
夏頃になれば砂丘で採れた甘くて美味しい砂丘メロンをアンテナショップにも並べる予定です。

店頭では山形の新鮮な野菜を朝一番で並べています。
『雪中軟白ネギ』というものがあるのですが、冬の時期はこれが本当に美味しいです。
生で食べても甘くて、しょうゆを垂らして食べると本当に絶品ですよ。
アンテナショップの常連さんたちも『風邪に効いたわ』と言ってよく買いに来ていただいています。

朝店に届く野菜は、新鮮で美味しいものを食べていただきたいので全て厳しい目でチェックします。
新鮮味に欠けていたり、商品として最高のものをお出しできないと判断したものは店頭には並べません。
『鶴岡の野菜、あまり品質よくなかったなぁ・・・』とアンテナショップから市全体のイメージを私たちが壊すことはできないからです。
鶴岡の本当に美味しいものを最高の状態で西葛西の皆様にお届けすることが私たちの役目だと思っています。

鶴岡の観光

鶴岡市内では市役所周辺に観光名所が密集しています。
主な観光名所に藤沢修平記念館や武家屋敷、映画村もあります。
なぜ山形に映画村があるかというと、適当に山があり、冬になれば適当に雪が降り、電柱が一本もないし道路も舗装されてない。簡単に言うと何にもない・・・。と笑い話で言えますが、そんなことから映画撮影に最適だとして映画村が成り立っているんです。

最近では世界でも有名になった『おくりびと』の撮影も山形です。
鶴岡には主人公が子供の頃通った銭湯、『鶴の湯』があります。
主人公の勤務する事務所は酒田という場所で撮影されました。ここへは私も実際行きましたけど、とっても狭いんですよ。映画で見るとけっこう広く感じますよね。
狭いところを広く感じさせる撮影の技術はすごいな、と思いましたよ。

観光も食べ物も自然も一度に楽しめる鶴岡へぜひ一度遊びにいらしてください。

小岩では地元の方々との交流もでき、鶴岡を知っていただけたと思います。
葛西地域に移転して数ヶ月ですが、これからは葛西地域の方にも鶴岡をもっと身近に感じてもらえるよう頑張りたいと思います。

(2011年2月9日 JA鶴岡 葛西アンテナショップにて)

備長炭専門店 廣備 渡辺健三郎社長

今回は中葛西の有名な炭屋さん、廣備の社長である渡辺さんです。
葛西地区に移ってきた当時の苦労話や、炭に対する熱き思いを語って戴きました。
江戸川区南部はバーベキュー広場が点在するので私たちにとって炭は意外と身近な存在なのではないでしょうか。

私は中葛西で炭を扱う会社、廣備(ひろびん)を経営しています。
本社兼葛西倉庫はちょっと目立つ建物なのでご覧になれた方もいるかと思います。

私たちのような炭を扱う業者の多くは昔は八丁堀に集まっていたんです。
流通の利便性もあり炭屋のメッカだったのです。
そこから37年前に西葛西の鶴岡市出張所の前に移ってきたんです。現在のこの場所へは平成になってから移ったので20年以上前ですね。
私たちが葛西に移ってきたときはまさに「陸の孤島に行くのか?」みたいに言われるほど八丁堀周辺が炭の中心地だったんですよ。
このように言われるだけあって、やはり移ってきた当時は交通の便が悪く大変でしたね。でも今は本当に便利になって場所云々は関係なくなりました。
どこに行くにも高速道路が張り巡らされていますからね。
また葛西に来て千葉のお客様が特に増えました。やはり我々が一番千葉に近かったわけですからね。

うちで取り扱っている炭は全部で220種類くらいあります。有名な紀州の備長炭は15~20種類常備してあります。
サイズは大小色々と取り揃えてご用意していて小指くらいの大きさから腕くらいの太さのものまで、種類が豊富で炭を使うスペースを選びません。どんなシーンにも合うよう常時在庫をご用意しています。
さらに高知のものや宮崎の日向も取り揃え、中国の輸入ものに至っては50種類以上あります。倉庫は葛西を本社として国内外に数箇所展開しています。

外食産業の炭火焼が『炭』を身近に

私たちが取り扱っている炭は焼肉、焼き鳥、うなぎ、せんべい、ステーキなどに最近はよく使われています。
『炭火焼が美味しい』と話題になり飲食店でよく使われるなったので最近では炭がより身近になっていると思います。

特に海外で作られる炭は日本の炭の約1/3の値段で買えますので炭火焼が広まりやすかったのだと思います。
ところで『海外の安い炭よりも日本の炭のほうが味が良い』と聞いたことはありませんか?正直なところ炭は燃料ですから、『味自体』は大して変わらないんですよ。
しいて言えば紀州備長炭が最高です。よく聞くと思いますがこれは一番固い炭なんです。
炭の良し悪しはもともとの木の種類や固さなどの性質で決まります。
固い炭が良いとされている理由は火持ちが良いことと、灰が炭の上に少しずつしか被らないので温度変化が少ないことです。
温度変化が一定なのでひっくり返して両面を焼くときに焼き上がりがよく、美味しくなるのです。

でも高い炭はなかなか使えないと思いますので、ちょっと役立つ話をご紹介しますね。バーベキューなどで使われるような量販店で売っている安い炭の場合は、どんどん灰が被ってしまいます。
灰をどける意味で定期的にゴソゴソっと炭を動かしてあげましょう。
灰の被りによる温度変化を最小限に抑えることができます。ぜひ一度試してみてください。

しかしながら安い炭の場合は残念ながら火力が弱いんです。これを補うには炭を沢山使ったりするのですがこれも限度がありますよね。
バーベキュー場などに行くと『あぁ、美味しそうな食材使っているのに火力が弱くてもったいないなぁ』と私たち炭屋はよく思うんです。
たまにはいつもよりちょっとだけ良い炭を使ってバーベキューをしてみませんか?きっと美味しく楽しめると思いますよ。

地元に方にもぜひ買っていただきたい

私たちは基本的には料理店さんに炭を販売するのが主な仕事なのですが、最近では個人のお客様にもどんどん販売していきたいと思っています。
今のところ中葛西にある本社には表立った販売窓口がないので『個人には売ってくれない』と思われていますが、今までも仰ってくだされば個人のお客様にも販売しているんですよ。そんなに頻繁に買うものではないですが、定期的に購入していただける常連さんもいます。
これからは個人のお客様に良い炭を体感して戴きたく思い、倉庫を改修して販売できるスペースを作ろうと計画中です。これは今私が一番やりたいことなんですよ。

地元の繋がりでは、町内会でお祭りをするときに『模擬店の焼き鳥で炭を使いたい』ということでお声を掛けていただいています。
また西葛西周辺はバーベキューができる場所がしっかりと整備されていることで、比較的炭が身近になっているのではないかと思います。
やはり家庭では使いにくいものですし、バーベキューなどができる場所がないとどうしても一般的に炭は浸透しにくいものです。

最近は炭が個人のお客様にも買いやすくなってバーベキューなどでも使われるようになりましたが、ここまで普及したのはやはり価格面なんですよね。
しかしその中には一部粗悪なものがあるのも事実なんです。
私たちは国産の良い炭を一般のお客様にも使ってもらいたい、地元のご家庭に使ってもらいたい、と思っているのです。

炭には消臭効果や調湿効果も

炭は料理だけでなく消臭効果だったり湿度調節の効果があるということで料理以外でも注目されるようになりましたよね。
実際私どものビルにも5トンくらい炭を入れて建てているんです。
初年度は結露がなかったですね。ただコンクリートで作られてるため水分を溜めやすく効果が高いとは言えないんですけどね。
有名な方ですと野球の落合監督のお風呂が真っ黒だそうです。健康にいいということで炭を大量に埋め込んでるそうですよ。
もし新築や改築の際に家に炭を利用したい、と思われた方はぜひお声を掛けていただければご相談をお受けしますよ。

最近は食品、家具、衣料品など色々なもので大量に安いものが売られていますよね。
それが悪いとは一概に言えませんが、私たちはそうではなく質の高いものにこだわっていきたいのです。
それが『本当に良い炭を提供していく』ことだと思っています。
野菜だとスーパーなどで生産者の顔付きで『私が作りました』と出ていますよね。
私は炭もそうしていけたらなぁと思っています。『日本で私たちが作った良い炭です』と胸を張って表示し、信頼して良い炭を買ってもらえるように。

実は炭屋なんて継ぎたくなかった・・・

炭屋もそうですが、それに関わる林業にしても最近はこのような仕事を継ぎたくない、という人が増えています。
そんな私も若い頃は炭屋なんて継ぎたくないと思っていましたよ。早くこんな仕事やめて違う商売したい、と。
でも『お前がやらなくてどうするんだ』と支えてくれた焼き鳥屋の旦那がいたんです。
『お前が炭売ってくれなくなったら俺たちはどうしたらいいんだ』ってね。
『もしやめるなら炭全部買うからよこせ』とまで言うんですよ。『俺の目が黒いうちは炭で焼き続けたい』と。
嬉しかったですねぇ。私たちを必要としてくれる方たちがいるんだと思い、炭屋を続けることができました。今でも本当に感謝しています。

それから私たちを含めた複数の問屋とメーカーで穴のあいた炭、オガ炭を考案しましてね。
これは練炭とは違い接着剤などの不純物を使わずに木の油だけを使っておが屑を固めてあるんです。固める際に空気を含んでスポンジ状になってしまうので空気抜きのために真ん中に穴が開いているんですよ。
長いこと試行錯誤しました。これは天然の炭ではないのですが、オガ炭の完成で計画的に炭を生産することが可能になったわけです。これでどんどん仕事に夢中になってゆきました。
最初は炭屋なんて・・・と思っていましたが今ではこの仕事ができて、親父に本当に感謝しています。取引先のお店ももう三代のお付き合いになるところもあります。

我が家の炭火焼事情

炭屋ということもあり、我が家では炭を使って食材を焼くことが多いんですよ。
そんな我家に生まれた娘の昔話なんですけどね。
中学校のときにアジの塩焼きが家庭科の授業であったのです。みんな美味しいって言って食べていたんですけど、うちに帰ってきて『あまり美味しくなかった』って言うんですよ。『うちで炭で焼くほうが美味しい』って。
外食に行っても舌が肥えているというのでしょうか・・・。ちょっと大変なこともあるんですけど、炭屋をやってる親としては何か嬉しいですよね。

2010年9月28日 廣備事務所にて

京都きん家

西葛西で京都の食材を使った料理が食べられる、『京都きん家』のオーナーである金城さまにお話を伺いました。
お店のコンセプト、『食』に対する考え方などをお話戴きました。

私たち夫婦が京都出身ということもあり、お店の名前は『京都きん家』とつけました。
主に京都の旬の食材を使った料理と鉄板焼き、ねぎ焼き、お好み焼きをご提供してさせて頂いております。開店から今年で足掛け11年になります。

うちのお店はただのお好み焼き屋さんではありません。
その自信を持ってお勧めできる『新鮮で美味しくて、その季節の旬の食材』を京都から取り寄せ、東京の西葛西に居ながら食べられることが特徴です。

少しご紹介しますと、季節の京野菜や九条ねぎ、京都直送の豆腐ゆば、生ふなどを中心にお客様にお出ししています。
春は京都産の竹の子とわかめの若竹煮を、夏は満願寺とうがらしを焼き、加茂なすをポンズと田楽味噌でお召し上がりいただきます。また、7月限定で、はもおとしも提供しています。
秋は9月中旬から10月中旬限定で丹波の黒豆の枝豆(むらさきずきん)、冬は聖護院大根を京風だしで煮て食して戴きます。また、えびいもと赤こんにゃくを煮たものもお出ししております。
関西出身のお客様は『あ、やっぱり本場のものやな』と言ってくださいます。『京都風』ではなく『京都』のものだ、と言ってくださることが大変嬉しく励みになりますね。

きん家ではお客様に『いらっしゃいませ!』と心から元気よくご挨拶します。
色々なお店がある中で、わざわざきん家を選んでくださったのだから、一番最初のご挨拶はとにかく元気良く・・・まずお客様に元気になって戴きたいのです。
そして美味しいものを食べ、楽しんで、感動して戴いて『あぁ、美味しかった、ごちそうさま』と言って戴けるように努力しています。
そんなお客様から私たちは元気をもらい、また元気よくお客様をお迎えできるのです。

西葛西は東京駅からも近く立地条件が良いので、実は転勤族の方が結構いるんですよ。
お店の名前に『京都』とついているので立ち寄ってくださる方も多いですね。
そんなお客様同士が仲良くなり、常連さんとなって私たちとも仲良くしてくださる方もいます。
ここで名前は出しませんが、芸能界の方がいらっしゃったときも特に騒がしくなることもなく、お客様皆様が『自分たちみんなの店』と思ってアットホームに過ごせるようなお店になっていると思います。
きん家主催でボーリングをしたりゴルフをしたり屋形船を借りたりもしますが、とにかく笑顔が絶えないお店だな、お客様あってのきん家だな、とつくづく感謝しております。

なぜかきん家では悪い話があまり出ない。
いつも楽しい良い話が多いし、幸せな話、笑い声響く話がいつも聞こえます。
私たちはお客様のハッピーが嬉しいですし、そんな話を聞くとこちらもとても幸せになります。
ご結婚を報告してくれた常連さんのカップルも何組もいらっしゃいます。
こんなニュースに触れると私たちもとても嬉しいですし、そんなときはいつもお祝いさせて戴いています。

お客様に京都を味わって戴いていることもあり、『今度京都に行ってみたいな』と思ってくださる方も多いんですよ。
『京都に行ったら先ずどこに行ったらいい?』なんてご相談もされることもあります。これが結構多いご相談なんです。
それで京都に帰るたびに色々なお店をチェックしたりしています。せっかく行くならできるだけ楽しんできて欲しいですから。
家内とも、『京都市から観光大使か何かに表彰されてもええんちゃうか』、なんて冗談を言い合ったりしてます。
それくらいお客様がきん家の味と京都に興味を持って戴いているということなのでしょう。とても嬉しいことですね。

長いことお店をやっていて『ここ西葛西できん家をやっててよかった!』と思うことが本当に多いです。
実はもともと門前仲町で商売をしていまして、そこでお店を出そうと思っていたのですが、なかなか良い物件がなくて・・・。たまたま見つけた西葛西のテナントできん家をオープンしたのです。当初はそんなに西葛西に思い入れもなかったのですが、お客様はもちろん、うちで一生懸命働いてくれる従業員の皆にも恵まれ、今や西葛西でお店をオープンできたことに感謝しています。
店を出てちょっと歩けば仲の良い知り合いとばったり会うなんてよくあることで、もうすっかり西葛西が地元になってますね。『西葛西なくして、きん家なし』です。

私の持論ですが、『食事というものは楽しいものでなくてはいけない』、『ハッピーな時間でなくてはいけない』と思っているんです。
きん家ではそんな食事をとことん楽しんでもらいたいと思っています。
美味しいものをたくさん食べて、笑って、楽しんで元気になって帰っていただく。
これがきん家のポリシーです。

2010年9月6日 きん家にて

明石皮膚科院長インタビュー

今回は
『開業当時の西葛西周辺について』や『近隣の方達とのかかわり』などをお話しして頂きました。
大変お忙しい中時間を作って戴き、ほのぼのとした気持ちの暖まるお話をありがとうございました。

僕が開業したのは昭和54年でした。
そのときは周りは小松菜畑ばっかりでねぇ。
東西線の西葛西駅はまだ工事をしていたんです。
だから学会に行くのにも自転車で葛西までパーッと行って、電車に乗って大手町まで行く、そんな状況でした。

当時は清新町にマンションを建てるのに、毎日たくさんのトラックが入っていくんです。もうとにかく砂埃がいっぱいで大変だった・・・。
しかも江東区の夢の島でゴミの埋め立てがあって、そこで発生したハエが大量にこっち側にも飛んできて。ハエ取りの両面テープもすぐ埋まっちゃうほどすごかった。

『こんなとこで開業しちゃったよ~』って今は笑えるけど、当時は本当に大変でしたよ。それから3年くらいして清新町が出来て。
清新町は江戸川区の田園調布だなんて言われててね。
うちらは下町の田舎、清新町は洗練された田園調布だなんて笑い話もありました。

今は駐車場になっているけれど、向かいにあった畑をちょっとだけ借りてね。
トマトとかキュウリ、茄子なんかを色々作ったもんです。
それからシーズンが終わったらまた新しいの作って・・・。でも最初は素人だから一杯収穫しようとして間隔を狭くして種をまいたり、苗の背丈を伸ばして多く収穫してやろうとか思ったけれどこれは大きな間違いで・・・。農家の人が親切で色々と教えてくれてね。土地がいいからそんな余計な事をしなくても何個でもとれるんだよね。

それと、西葛西なんて当時まだ人が誰もいないじゃない。
だから時々来てくれる患者さんとお喋りしたり、畑で取れた野菜をあげたりもしましたよ。『もらっていいの?』、『次から次へとできるから持ってって』とかね。

夏は暑いから外でステテコ姿で診療したりね。だって患者さんもステテコでくるんだから。床几だしてそこで青空診察みたいな感じでやったり。
今じゃ考えられないけどね・・・でも色々と楽しかった思い出ですね。

西葛西って何もなかったから、病院は黒川紀章さんの設計で作ってもらったんですよ。
たぶんほとんど知られていないと思うけどね。30年前に作った建物とは思えない洗練されたものでしょ。
当時は10メートルの建築物の高さ制限があってね。
設計が終わって建て始めたらなんと高さ制限撤廃って。『え~!?』って感じですよ。制限がなければもうちょっと余裕のある高さにしていたんだけどねぇ。

当時はこんな建物が増えていけばきれいで整然とした街が作られていくんだろうなと思っていました。そんな想いで黒川紀章さんにお願いしたんです。

僕は全然素人ですけどね。街を作るときは最初の「どんな感じで作るか」ってのが大事なんだと思います。
行政がもっと力を入れて、高さ制限とか色の制限とか駅前をもう少し広くとるとか。
私利私欲でみんながバラバラになったらダメだよね。
西葛西は何もないゼロからのスタートだったんだから。街づくりをもう少し考えてたら整然とした街になってたかなと・・・。
まあ他人の建物に口出すことになっちゃうんですけどね。

『ヨーロッパが一番いい』とは思っていないけれど、あっちは建物の高さが一緒だったり、色も大体統一されていたりね、見た目にキレイじゃない。
上を見るとパッと空が見えたりね。
一方、新宿へ行くとビルが林立していて、建物はさすがに立派なんだけどさ、雑然とした感じがしてね・・・。

僕は街の景観で視覚に入ってくる安らぎとそこに木があること、そして人間の人情味があるってことが必要なんじゃないかなと思ってるんです。
ゆったりして人が安らぎを覚える感じが好きなんですよね。
僕は病院をやる上で患者さんにゆったりとして欲しいと思ってるんですよ。
話だけをしに来る人もいるしね。いろいろ話を聞いてあげたりするのも大切だと思っています。そういうときは薬とかもいらないんだから出さないしね。『いやいや話だけしに来て悪いよ』って言う患者さんもいる。
昔はいろいろと長話も出来たけれど、今はすごく患者さんも増えて、話したいことの半分くらいしか聞いてあげられないことが多くて・・・。

あとは『子供は絶対泣かさない』ってのもポリシーです。やっぱり痛いときもあるから泣いちゃう子供もいるんですよ。
でも小さい子供が泣くときって僕の表情筋が固いんだなって思うんです。だから診察前は鏡の前で笑顔の練習したりマッサージしてほぐしたりね。
それが子供は正直だから判るんだね。帰り際に『バイバアーイ』って手を振ってくれたりして・・・。
子供の患者さんが僕の絵を描いて持ってきてくれたりすることもあるんですよ。
それは本当にとても嬉しいですね。
何年も経ってその子が成長して来たときにその絵見せたりしてね。でももう当人は覚えてないことがほとんど。
そんな子供のお母さんが『子供が成長したから』って言って御礼に『ぬいぐるみ』を持ってきてくれて・・・待合室に置くのに戴くのですが、いくつもくれるので増えていってしまって・・・。
あーだった、こーだった、って報告に来てくれたりもして、患者さんたちの中で僕が身近な存在になっているのかなと思うととても嬉しいです。

だから僕ができることは治療はもちろんなんですが、来てくれる患者さんみなさんに『還元』する事だと思うんですよ。この歳でも学会に出て行くし新しい技術があればそれを使ってあげたいし。
基本的なことですが、『人の気持ちを大切にする』ことって大事ですよね。
解決策にはならないけれども、いろいろと話を聞いてあげると涙する人もいるし。
いつでも患者さんと同じ目線で接するようにしています。
どっちかと言えば僕の性格上、『上から目線』っていうのが出来ないだけなんだけどね。

2010年7月7日 明石皮膚科にて

ホテルシーサイド江戸川 杉本総支配人インタビュー

葛西臨海公園内にある江戸川区のホテル、『ホテル シーサイド江戸川』。都内にいながらリゾート感が感じられ、ゆったりとした静かな時間を過ごすことができ、江戸川区の迎賓館として位置付けられています。今回は総支配人の杉本様にお話を伺いました。
※インタビュー内容は2010年4月12日のものです。現在は一部変更がある場合があります。詳しくはシーサイド江戸川までお問合せください。

◆ まず『ホテル シーサイド江戸川』についてお聞かせ下さい。

指定管理制度が始まり、江戸川区のホテルであるシーサイド江戸川はホテルオークラエンタープライズが運営をしております。皆さんご存知だと思いますが、当ホテルは葛西臨海公園の中にあります。
広大な敷地で豊かな自然に囲まれていながら、都心からのアクセスも良く、都内にいながらにしてリゾート感覚でお過ごし戴けます。

3月1日にシーサイド江戸川は全客室をリニューアル致しました。
単に内装を綺麗にしたのではなく、広大な公園に降り注ぐ太陽の光をお部屋に取り込めるような明るい造りに改装をしています。
朝起きたら「ここはどこだろう?どこかのリゾート地だったかな?」と思って戴けるような明るい客室と静かなロケーションが魅力です。

また、ご高齢者の方々、特別支援学校の方々にもご利用戴いておりますので、今回のリニューアルでバリアフリーの部屋を4部屋に増やしました。

余談ですが、以前は客室の予約がなかなかとれなかった時期がありました。
区民の方にお話を聞くと「シーサイドは予約とれないんでしょ?」とか「シーサイドはいつも満室」というイメージが強かったそうなんです。
ホテルがオープンしたのが20年前という時期的なものと、「臨海公園内に完成したホテル」という話題性も高かったため実際満室が続いていました。
しかし今は繁忙期を除けば予約も取り易くなっております。

◆お食事についてお聞かせ下さい。

オークラグループが自信をもつ洋食・中華と和食を取り揃えており、3月のリニューアルを機に特別和室では和食のお部屋出しも始めました。お部屋でおくつろぎ戴きながらお食事ができるとご好評を戴いております。

ディナーはコース料理をお出ししているのですが、ランチではもっと気軽にお立ち寄り戴けるようにスープ&サラダバーをご提供致しております。
葛西臨海公園の美しい緑を眺めながら美味しいサラダをお腹一杯食べて戴こうという企画ですので、遊びにいらした際には休憩も兼ねて、どうぞお立ち寄りください。

夏はホテルの広い庭でビアガーデンを行っています。
うちのビアガーデンは最高ですよ。
葛西臨海公園の大きな緑に包まれ、夕暮れに差し掛かったときのビールはもうたまらないですね。実体験をもとに私自ら強くお薦めします(笑)
また、週末はフラダンス、ベリーダンス、ジャズバンドの皆さんがビアガーデンのショーを演出してくれます。都会のガヤガヤしたイメージではなく、自然に包まれてゆったりとしたビアガーデンは格別ですよ。

◆ ウェディングも行っていますよね

うちはチャペルを持たないホテルですので、設備は一から整えています。ガーデンウェディングが人気ですが、館内でも行えるよう会場作りを行っています。
先日も一件ウェディングがありました。桜がとてもきれいでお天気にも恵まれて、とてもよい結婚式でした。
うちでは一日に一件しかウェディングができません。
一日に何件もローテーションで回していく挙式ではないため、数をこなすことはできませんが、やりたいことを可能な限り実現することができると思います。というのも、当ホテルでウェディングをしてくださる方は、葛西臨海公園での思い出があり、どうしてもここで挙げたいという方が多いんです。例えば最初のデートがここだったとか、プロポーズされたとか。思い出の場所でこんなことをやりたい、あんなことがやりたいというのを持っている方々が多いんですね。
私たちはできるだけお客様のご相談に乗ってそれを実現させていくようにしています。
それだけ想いの詰まった結婚式はいつも感動させられますね。サービスする側の私たちもとても幸せな気持ちになります。

◆ 何かエピソードがあればお聞かせください。

毎年アンケートを実施しておりまして、その中で「すごく良かった。江戸川区のホテルであることに区民として誇りを感じます」と書いてくださった方がいて、それが最高に嬉しかったですね。
誇りと思って戴けるように私たちも頑張っていきたいですし、区民の方々には「私たちの施設」と思ってお越し戴き、至福の時を過ごして戴きたいと思います。

サービスの部分でとても嬉しかった事ですが・・・。
年末に泊まって頂いたあるお客様の話です。
都内に連泊されたようで、二泊目に当ホテルに泊まって戴いたのですが、夕食を終え、レストランの出口ですれ違った私にお客様がお声をかけて下さいまして・・・
「すごいですね」って。
突然で最初は何のことだろうと思ったのですが、「昨日超一流と聞いてある有名なホテルに泊まったけど、そこよりとても親切でよかった。感動しましたよ。」と。これにはこちらも本当に嬉しかったです。

また、当ホテルはリピーターの方が多いんです。年末年始は20年間ずっと予約して戴いているお客様もいらっしゃいます。
これからも区民の方々にもっと愛されるホテルにしていきたいと思います。

※インタビュー内容は2010年4月12日のものです。現在は一部変更がある場合があります。詳しくはシーサイド江戸川までお問合せください。

2010年4月12日 ホテルシーサイド江戸川にて

画家 葛西利行さん

今回は『日本のミロ』と呼ばれている雅号:葛西利行(かさいりこう)画伯(本名は須賀 勲(すがいさお)さん)に氏のアトリエで、生い立ちから画歴を含め地元葛西への思い入れなどをインタビューをさせて頂きました。
氏は昭和10年(1935年)葛西生まれ、3人兄弟の長男として育ちました。
今回は小さいときの想い出から話をして頂きました。

僕の生まれたところは昔『新田(しんでん)』と呼ばれていました。
まわりは田んぼだらけで家なんてほとんどありませんでした。
昭和20年くらいだったかな、満潮になった海の葦原でたぬきが溺れていて漁師が助けたなんて記憶がありますが、そんな田舎でした。
そんな小学校の頃のこの辺はみんな半農半漁だったから、いつもみんな家の手伝いをしていてね、もちろん僕も家の手伝いしないとやっていけない状況でしたから小学校にはあんまり行けなかったな。
そんな中で戦争が始まってこの辺りも爆弾が落ちたんだよ。
空襲警報のサイレンが鳴って、みんな防空壕に逃げるでしょ。
我が家の防空壕は、津波対策で近くに土を盛って山のようにした所に穴を掘って作ったようなものでした。いざとなって防空壕に入ろうとしたらヘビがいっぱいトグロ巻いていてもう冗談じゃないですよ(笑)。ヘビの方が先に避難しちゃって僕たちはヘビがいないときしか入れない。今もヘビはダメですね。ほんと嫌い(笑)
終戦の翌々年くらいに葛西中学に行きました。
当時は学校の前の川がすごいきれいでね、飲めるくらいキレイ。
もう今は埋め立てちゃったけどね。
雨がすごいときなんかは金魚屋さんのとこから金魚とか錦鯉とかが逃げて川で泳いでましたっけ。

絵には中学校で美術部に入って目覚めました。
中学を卒業して美術学校に行きたかったんだけど、お金がなくて。
父に相談してもダメって言われて結局行けなかった。
それからずっと独学で絵を勉強しながら働きました。
ある大手印刷出版会社でレタッチと言って、写真から本の表紙を作るのに、ガラス板に調子をつけていく仕事が最初の仕事でした。
それから運転免許をとって、東京・浜松間の今で言う定期便のトラックの仕事の様なことをしました。当時は未だ全然車が少ない時代でしたけど、まだ絵描きを目指していましたし、この仕事ならいろんな景色が見れるからね。
・・・
それから母親を楽にしてあげたくて、お金稼ごうとボクシングをやったりしてね。
ボクサーだから体力つけた方が良いと思って、昼間は豊洲で台湾から来る砂糖の塊をハンマーで割る仕事もしました。
でも本音のところではもちろん絵描きになりたいとずーーと思ってました。
それに結局、僕には人を倒してのお金儲けなんて出来なくてね。
・・・
横浜や神楽坂で流しをやってたこともあります。
ギターを一本かついで自分で作ったノートに100曲位歌を書き写して・・・

そうそう地元の葛西ではお祭りの舞台でちょっと悪ぶった人たちを沢山集めて劇をやったりしましたよ。僕が脚本書いてね。
ピストルはマラソンのバンってやつ使って。
おまわりに人気が出ましたよ。「よくあんな荒れた連中まとめ上げた」って。もうみんな死んじゃったけどね。

30代になったとき、英語、数学、書道、美術の塾をやったんですよ。
知り合いの先生たちをそれぞれ呼んで、美術は僕が教えてました。
その傍ら、画家としても本格的な活動を開始しました。
上野の美術館の公房展に出したり、二科展で初入選して、新構造社展に入選して岡田賞、、月光荘の賞をとったりとそれぞれ何回か入選することが出来ました。
普通は派閥があるんでひとつに絞って出すんですけど僕は全部出しちゃった。
・・・

35歳のときパリ行きました。ゴッホとゴーギャンが好きだから、彼らが歩いた土地を見てみたかった。それで絵描きだけ16人でヨーロッパに2ヶ月間のスケッチ旅行に行きました。
もちろん自費です。お金は大変でしたよ。高かったですから。
最初の1ヶ月は団体行動。美術館入るのは全部只でしたからたくさん見て周りました。
残り1ヶ月はパリから自由行動。僕はゴッホがいたアルルに行ったりイタリアとかスペインの周りにも行きました。
ホテルもお金ないから泊まるのを躊躇してたんだけど、まあいいかと入ったアルルのドラホンテーヌってホテルのオギスティーヌって奥さんと仲良くなって、その親父さんのジャンがボクサーで、そこで話が合っちゃって。
ジャンはすごく強い人でファイトマネーでそのホテルを建てたらしいですけどね。
僕の若い時のボクシングが無駄にならなかった。それから毎年のようにアルルに通いました。
地元の水道工事屋さんと仲良くなって毎日仕事先の近く迄、車で連れてってくれたんです。
彼は色んなところで仕事するからね。そこで僕は色んな風景の絵が描ける。
帰りに喫茶店で待ち合わせてまた送ってもらって。そんなことをして1ヶ月を過ごしました。
当時はパリにアトリエがなかったから、デッサンしたものを日本に持って帰ってきて仕上げました。

日本でその絵で個展を開いたり、パリにアトリエを買ってからは向こうでも個展を開いたりしました。アトリエができてからは以前よりは長く滞在していましたけれど、日本に妻も母もいましたから通う感じでヨーロッパに行ってました。
イタリアのベニスでスポンサーがついて、個展を開くことになった時は普通ではないようなものでした。すごいですよ本当に。新聞にも載りましたし、ピカソとかミロもみんな友達だなんて書いてありますよ(笑)
有名なカジノのオーナーやあの辺のお金動かしてる人たちが集まって来てくれて全部売れちゃいました。
・・・

今は年間50点から60点くらいの絵を描いています。
歳をとると丁寧になってきてしまって。若い頃は勢いで描いていたのでもっと点数を描いていましたが・・・。
当面の予定としては、6月2日~8日に銀座松坂屋・別館4階で個展を開きますのでそれに向けて制作活動中です。
・・・
僕の雅号の『葛西』はもちろん地元の葛西からとったもので、『利行』は好きだった先人の長谷川利行氏から戴きました。
振り返ると色々な方とのつながりが今の僕を作ってくれたなあと感謝しています。僕の育ったところで、僕を育ててくれたところですから、今度は地元の葛西の友人たちとゴルフやテニスなどをしながら、一緒に大切にして行きたいと思っています。

焼肉 大将

焼き鳥(店の前で食べられるキウイフルーツの下のオープンテーブルやお持ち帰り)と焼肉(炭火焼と肉質と味へのこだわり)を売りに昭和63年から地場(西葛西)に密着して営業を続けている大将さんの社長と女将さんにインタビューを致しました。

■お店のこだわりや心がけているところを聞かせてください。

良いお肉、ちょっと高くても、安心して食べられるお肉を提供したいと思っています。
焼肉には和牛を中心にして使っています。自慢は『食べ応えの有る美味しい肉』です。
お客さんには『いやあー旨かった、食べたなぁーーっ』って言って頂けたら嬉しいですね。
私どもは昭和63年の創業です。開店当初は西葛西にはあまり炭火焼の焼肉屋さんはなかったんですが、うちでは当初から炭火焼にこだわっています。やっぱり焼肉は炭火焼きが一番美味しい。

■炭火にこだわるのは何故なのでしょうか。

炭火だと肉に旨みをギュッと閉じ込めて焼くことが出来て、とても柔らかくて美味しく焼けます。冷めても柔らかく食べられるんです。
それと活性炭効果と言って肉の臭みも取れますし、逆に炭のいい香りがするんです。
炭火焼の場合は焼肉ももちろん美味しいですが、鶏肉がとにかく美味しくなります。
是非食べてみてください。

■その他に気を遣っていることはありますか。

私どものもうひとつの自慢が、「大将の味」です。店主が頑張って続けているお店なので、ずっと変わらない味をご提供しています。
昔よく食べに来てくれていたお客さんが、懐かしくなってまたわざわざ立ち寄ってくれることもありますが「変わらない味だね」と言ってくれます。
遠くに引っ越してもまた忘れず来てくれるお客さんがいてくれるのはとても嬉しいです。
そして私どもがいつも心がけているのは、大衆的な雰囲気を楽しんでもらうことです。
外で焼き鳥を焼いていたりすると、学校帰りの子供たちが前を通るんですが、『お帰り』とか『こんにちは』と声をかけたりしているうちに、子供たちを通して西葛西の人たちとの交流が生まれてくるんです。この地元の方たちとの交流が本当に楽しいですし、これがうちのお店の大衆的な雰囲気なのかなぁと考えています。
焼き鳥は買ってすぐ食べれるようにテーブルとイスを置いてありますが、そこで常連さん同士が仲良くなっていつも賑やかですよ。みんなすぐ友達になっちゃうんです。

■そのテーブルの上のキウイはいつ頃から有るんですか。

あーもう随分前だね。西日がきついので今はテーブルの日よけになっています。昔はスノコを屋根代わりにしていたんですが、たまたま買ってきたキウイの鉢植えがどんどん伸びてきて、勝手に「キウイの屋根」を作ったんです。
今ではスノコはなくなって、キウイの葉が屋根代わりになってしまいました。
でも最初は全然実がならなくて・・・。
受粉させてやらないと実がならなのに気付いて、それから私たちが受粉させるんですよ。
そうするとキウイの実がちゃんとできるんです。
5月くらいになると白い花が咲いて、とてもいい香りがして、その花が落ちるとすぐ実が大きくなっていきます。
実ができても固くてすぐには食べれなくて・・・。
初めてのときは早く食べ過ぎてまだ固くて不味かったのを覚えています。
今ではデザートとして自家製キウイを振舞ったりしていますよ。

■今後の抱負などがありましたら教えて下さい。

長い間ここでお店を開いていると、いろんなところで声をかけてもらうこともあります。
この間なんかは新潟の湯沢に言ったときに「大将のお父さん?」って声をかけられて驚いたり。
こんな事があるとお店をやってて良かったなぁと思います。本当に地域とはつながっているんだなあーと感じますし、とっても嬉しいですよ。
いつも一途に仕事に頑張ることが、ずっと続けてこられた理由なのかなと思いますし、また続けて行きたいと思っています。

関口美術館館長 関口雄三さん

■関口美術館を作った動機や思い入れほかを語って戴きました。

私は生まれも育ちも葛西なんです。
半農半漁の家に生まれて、一年中家の手伝いです。
毎朝、鶏に水をやってから30分くらい歩いて小学校に行く毎日でした。
友達には『あさり売り』をしてから学校に行く子もいました。
たまに遅刻なんかしたりしてね。

朝ゴカイをとってきて、釣りをする大人に餌として売ったり、
ベカ船を出して釣り人を乗せたりすると当時で800円ももらえたんですよ。
魚も手づかみでとったり、潮干狩りをしていたら潮が満ちてきておぼれそうになったりもしました。
いつも命懸けで遊んだものです。
思い返すとそういうことが、肉体的にも精神的にも役に立っているんですよね。

大学卒業後は、黒川紀章都市建築設計事務所、馬場建築設計事務所をへて建築設計事務所を開設し、ふるさと葛西でひとつひとつ建物を作ってきました。区画整理が進む中、ふるさと葛西の変わりゆく姿に問題意識を持つようになりました。

建築を文化として捉えていないものが多いのです。
そこへいくとヨーロッパは『昔からの気風』とか『文化を温存して未来につなげていく』ということを大切にしています。

日本でも建築を文化としてとらえて、次の世代に残していけるかというのが重要なんです。スクラップアンドビルドで『必要なくなったから壊す』というように発展してきたという事もありますが、経済だけでなく人間の環境、文化、精神的な部分も大事なんです。
環境も建築も次の世代に残していくことが大切です。

このビル(関口美術館の入っている建物)はマンションですけど、
このような住宅を単純に『建物を建てて儲けよう』とかでは駄目だと思うんです。
そこには子供たちもたくさんいますし、多くの人が暮らしている。
マンションの所有者は村長のような者にならないといけない訳です。
入居者もただ住む為のものではなく、子供たちが成長していく場としての『ふるさと』を皆で作りあげていくことが大切なんじゃないか、と・・・。

このマンションの屋上には畑がありますし、ここの住民は美術館も使えたり、来客が来たときは庭でコーヒーを飲んだりしてリビングのように使うこともできます。
建物を住むだけのものではなく、ひとつの『ふるさと』として意識改革をしていくと建築物の創り方も変わっていくと思うんです。

今から45~6年前に私の父達の世代が、海苔なんかの漁業権を都に売ったんです。
それから開発が始まって、土壌汚染等も広がり昔は海底が見えたきれいな海も遊泳禁止になってしまいました。
私たちが親しんだ遊び場がなくなったんですね。
区画整理が進んで、今の子供たちのフィールドがどんどん無くなっていきました。
そんなとき、豊かさって何かなぁと思うようになったんです。

20数年前に運良く葛西の海は人工なぎさになったんですよね。
私が昔遊んでいたきれいな海をまた取り戻して、子供たちが葛西の海で泳げるようになんとかしてやりたい、という思いで2001年から『ふるさと東京を考える実行委員会』を立ち上げ理事長として活動を始めました。
関口美術館館長 関口雄三さん先日もタワーホール船堀に650人くらい集まって頂いて、西なぎさを泳げる海にするためにはどうしたらいいのか考え、また沢山の人に問題意識を持ってもらうための『海水浴場復活シンポジウム』を開いたんですよ。
そこで小中学生を対象に ”ふるさとの海” というテーマの『こども・海の作文・絵画・工作コンクール』を開催しました。参加してくれた子供たち471名の展覧会をこの美術館でやって、全員に賞状を渡したりして。
子供たちにはこんなチョッとした体験が大切だと思います。みなさんも私たちの活動に参加してもらえるとありがたいですね。

海をきれいにすることは海周辺の人だけでなく、上流の人たちも関心を持つようにしないといけないし、みんなが意識革命をしてくれる事が必要です。
誰かがやってくれるとかそういうのは幻想に過ぎません。
まず自分が行動することが大切なんです。

『ふるさと東京を考える実行委員会』では葛西海浜公園西なぎさを子供の体験の場とし、潮干狩りや海水浴、ノリ、カキ、アマモ等の育成を通じ、自然と人との関係性において自然を深く知り、自然を大切にすることは、自分を大切にするという共生(ともいく)の思想を具現化しようとしています。
潮干狩りをすることで砂に酸素が入り、カキやアマモを育てることで水が浄化されます。春夏秋冬、子供たちに楽しみながら自然の良さを感じてもらい環境を取り戻していく。
私は21世紀は壊した物を再生していく世紀なんじゃないかなと思っています。

みんなが『ふるさとを守る』という、そういう意識を持つようになってもらいたいですね。

2009年11月18日 関口美術館にて